9月入学について私たちが考えておくべき2つのリスク

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コロナ騒動を受けて、9月入学が話題に上がるようになりました。

メディアなどでは、いろいろなメリット・デメリットが語られています。

  • グローバルスタンダードがうんぬんかんぬん
  • 会計年度がどうたらこうたら

でも正直に言って、こういったメリット・デメリットよりも

「私たちの身近に、もっと考えるべきことがあるんじゃないのか?」

と思ったので、この記事を書くことにしました。

9月入学を考えていくうえで、私たちは、次の2点に伴うリスクを考えておかないといけないのではないでしょうか。

  • 保育・教育機関や家庭の負担増
  • 就労時期の遅れ

その1︰保育・教育機関や家庭の負担増について

まず、保育・教育機関や家庭の負担増について

これは、「学齢期間を変更するかどうか」で考慮すべきリスクが変わってきます。

具体的にいうと、以下のような場合で考えるべきリスクが変わります。

  • 現在の学齢期間を変えず、4月1日時点で年齢が同じ子どもを9月入学とする場合
  • 現在の学齢期間を変えて、9月1日時点で年齢が同じ子どもを9月入学とする場合

それぞれ考えられるリスクは、以下の通りです。

(学齢期間を変えない場合)

  • 保育園・幼稚園の負担が増え、待機児童数が増えるリスク

(学齢期間を変える場合)

  • 人数が約1.42倍の学年ができ、受験や就職活動の競争が激化するリスク

待機児童が増加するリスクについて

まずは、待機児童数の増加するリスクについて

これは、いま学校に通っている児童・生徒のみを対象に、9月から学期をやり直した場合に考えられるリスクになります。

以下の図は、4月1日生まれの児童の場合で、4月入学と9月入学を比較したものです。

4月入学と9月入学のギャップ

現在の学齢期間を変えずに単純に時期のみをずらした場合、

「4月入学なら小学校に通っていた時期のギャップをどこが埋めるのか?」

ということを考えなくてはなりません。

そのギャップのしわ寄せは、小学校より前の保育園・幼稚園にいきます。

以下の画像は、幼稚園が9月入学を採用するかどうかで場合分けして考えたものです。

保育園・幼稚園の負担増

※入園できる年齢などは、各園ごとに異なる場合がありますので、ひとつのモデルケースとしてお考えください。

このようにしてみると、4月~8月にかけて、保育園・幼稚園で1学年分の人数を追加で見なければならないことがわかります。

そこで問題になってくるのは、保育園・幼稚園のキャパシティの問題です。

言い方を変えると、

「9月入学にした場合、保育園・幼稚園に入りたくても入ることができない待機児童が増えることにならないか?」

ということです。

東京都を例にして考えていきましょう。

2019年7月に発表された「都内の保育サービスの状況」から、平成31年4月時点では

  1. 就学前児童人口:641,341人
  2. 保育サービスの利用率:48.2%
    ※1,2ともに、表1「保育サービス利用児童数の状況」から取得

となっています。

就学前児童とは、0~5歳の児童のことですので、おおざっぱに計算すると、各年齢には

約60万人 ÷ 6 = 約10万人

もの児童がいます。

現在の保育サービスの利用率が48.2%なので、この比率をそのまま使うと、新たに保育サービスを利用を希望する人は

約10万人 × 0.48 = 約4.8万人

ということになります。
※利用率は、各年齢によって差があることも考えられますので、この人数は参考程度にお考えいただければと思います。

一方で、「都内の保育サービスの状況」の表3「保育所等利用待機児童等の状況」を見ると、待機児童数は3,690人。

待機児童数は年々減少していますが、いきなり数万人近い児童に保育サービスが必要となった場合、受け入れることができるのかが不安です。

「保育所落ちた」が再び流行語になる光景を、もう見たくはありません。

受験・就職活動の競争激化

では、いま学校に通っている児童・生徒は9月から学期をやり直したうえで、本来入学してくる児童も受け入れるという場合はどうでしょうか。

いま現在、2013年4月2日~2014年4月1日生まれの児童が小学一年生として在籍しています。

さらに2014年4月2日~2014年9月1日生まれの児童が新たに9月に入学してきたら、どうなるか。

小学一年生には、2013年4月2日~2014年9月1日生まれの児童が在籍することになります。

ほかの学年と比較すると、児童数は約1.42倍。

これは、この世代の子どもたちが高校・大学への進学や就職を考えたとき、競争相手がほかの世代よりも1.42倍多く存在しているということにほかなりません。

つまり、進学・就職の枠を増やすことができなければ、受験や就職の競争がほかの世代と比べて激しいものになり、それに伴って、様々な弊害が出てくるのではないでしょうか。

具体的には

  • 授業料の高い私立しか受からず、学費の負担が増える
  • 浪人などにより、家計の負担が増える

というようなこと。

こうしたデメリットを、多くの家庭が受けてしまう可能性があるのです。

その2:就労時期の遅れについて

次は、就学時期の遅れについて

9月入学に移行した場合、すでに学校へ通っている生徒の卒業は、3月から8月へと5か月遅くなります。

就労開始時期の遅れ

生涯賃金の減少

働きだす時期が5か月遅くなるということは、その5か月分だけ生涯賃金が減ることになります。

しかも、失う金額は、定年前のピークの時期の5か月分です。

年収が300万円の人なら

300万円 × 5/12 = 125万円の損失

年収が360万円の人なら

360万円 × 5/12 = 150万円の損失

「損失を取り戻すのなら、定年後に働けばいいじゃん!」と思うかもしれません。

しかし、歳をとっても元気である保証はどこにもありません。

しかも、定年後には収入が減っていることも考えられます。

定年前の5か月を取り戻すために、定年後に5か月以上働くことにもなりかねません。

そのように考えると、収入が得られる時期が遅くなることは、かなりリスクの高いことではないでしょうか。

また、今回のコロナ騒動で「学習の機会を保証してほしい」と思う生徒がいるのは当然のことですが、一方で「早く働きたい」と考えている生徒もいるでしょう。

「家計は苦しいけど、せめて子供は高校を卒業させて、少しでもいい条件の就職先に勤めてほしい」

そのように願う親御さんに「あと半年、学校に通って」とは、さすがに言えません。

労働力不足の懸念

労働時期が後ろ倒しになり、就労期間が短くなる。

このことは、企業の側からみると、「労働力の不足」という懸念につながってきます。

すると、その労働力不足を解消するための施策も考慮していかなければならないことになります。

  • 定年の延長
  • 外国人労働者の拡充
  • 移民の受け入れ

また、若者の雇用促進を考えると

  • 高卒と大卒の賃金格差の是正

も考慮に値するでしょう。

9月入学を行うとなると、教育現場以外でも変革が必要になってきます。

「9月入学」は不可逆的な施策

今回、”学習機会を確保する”という目的のもとにあがってきた「9月入学」案。

でも、これまで見てきたように「9月入学」も魔法の薬ではありません。様々なリスクを抱えています。

そして「9月入学」は、不可逆的な施策です。

9月入学に何か問題があった場合、「就学時期を早めて、4月入学に戻す」といったことはなかなかできません。

それだけに、「9月入学」を実施するかどうかは慎重に考えていくべきだと思います。

本当に必要なのは、教育制度を柔軟にすることでは?

改めて考えてみると、本当に必要なのは”教育制度の柔軟性”ではないでしょうか。

「9月入学」案は、柔軟性を上げるためのひとつの案ではありますが、「9月入学」だけがすべてではありません。

考えられる施策は

  • オンライン授業の拡充
  • 留年や飛び級の有効活用
  • 習熟度別の授業
  • 4月入学・9月入学の併用
  • 受ける授業を選択できる制度

など、様々です。

組み合わせ方も多岐にわたります。

例えば、4月入学と9月入学を併用することになれば、一年のうちに同じ内容の授業を4月入学者向けと9月入学者向けの2回行うことになります。

そこに、授業選択が可能になれば、

  • 得意な科目だから、4月入学者向けと9月入学者向けの授業を両方取って、一年で学ぶことを半年で終わらせよう
  • 学年の前期に一度学んだけど、よく分かっていないから学年の後期にもう一度受けよう

といったことも考えられるようになります。

多様化する時代の流れに従って、教育も多様化していってもいいのではないでしょうか。

もちろん、”実際に対応する現場の方々への負担”も考慮しないといけません。

「9月入学」は、議論しなければならないことがたくさんある難しい課題だと思います。

で、ここまでいろいろ言ってきてなんですが、9月入学をする目的って、何ですか?

 

追記1 2020/05/19

「待機児童や教員がどれだけ不足するかを推計した」という記事がありましたので、リンクを記載いたします。

「9月入学」の根拠は? 保育所待機児童16倍、学童保育待機児童10倍、教員2.8万人不足(木村正人) - Yahoo!ニュース
新型コロナウイルスによる休校で生じた「学びの空白」を埋めるため急浮上した「9月入学」。2021年9月に小学校に入学する新1年生を5カ月分増やすと、どんな影響が出るのでしょう――。

 

追記2 2020/05/19

文部科学省から2案が例示されたとの報道がありました。

「9月入学」文部科学省が2例を提示 新型コロナ対応策 | NHKニュース
【NHK】「9月入学」をめぐり、文部科学省は来年入学させる小学新1年生を9月時点で満6歳となっているすべての子どもたちとする場合と…

1例目は、この記事でもあげた例なので、ここでは省略。

2例目は、まったく考えていなかった例です。

しかしながら、この場合でも9月入学を導入した1年目〜5年目で保育所の負担は増えます。

しかも、負担は年々減っていくとはいえ、1年目にいちばん負担が大きくなるので、待機児童問題の懸念は拭えません。