その場の雰囲気に”ノッていける”人はスゴイ

先日、ももクロのライブに行ってきました。

プロフィールでも紹介しましたが、ももクロにハマるまでは、一切アイドルとかに興味がなく、ライブに参加したのも今回が初めてでした。

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ももクロのライブはファンがスゴい

ライブが始まってすぐ、事前に準備をしていかなかったことを反省しました。

それは、overture(ライブ開演時の音楽)が流れたときのことでした。

「あー、よっしゃももクロ!!!」

客席から割れんばかりの大きな声が。

「れに!かなこぉ!ももか!しおり!あーりん!
いくぜ!ももいろクローバー!!!」

その声の大きさに、驚き、あ然とするわたし。

「5、4、3、2、1、GO!ウリャ!オイッ!ウリャ!オイッ!ウリャ!オイッ!ウリャ!オイッ!」

ふと隣を見ると、一心不乱にペンライトを振り、大声でコールする大学生。そんな彼の姿はとても楽しそうで、少し羨ましくなりました。

 周りの雰囲気に”ノッていけなかった”わたし

一方、わたしは呆気にとられて見ているだけでした。コールも覚えていない、準備もしてきていないことが少し恥ずかしくなり、周りの雰囲気に飲まれて萎縮しているだけでした。

ライブ自体はすごく楽しく、2時間30分はあっという間に過ぎました。また行きたいと思える程でした。

しかし、ふと次のことが頭に浮かびました。もし準備して行けばどれだけ楽しかっただろうか。いや、たとえ準備していなくても萎縮せずに”ノッて”いけばもっと楽しかったのではないか。

“ノッて”いけなかった理由はいくつかありますが、主なものは”過剰な自意識”にありました。言い換えるなら、過剰なほど周りの目を気にしてしまうのです。

「何も準備してきてないのに、盛り上がってたら変だよな?」「かと言って、一人だけおとなしかったら目立つよな?」などと考えてしまい、思うように行動できなくなります。

自分の気持ちを正直に表現できるのが羨ましい

ライブだけではなく、普段の生活から自分の気持ちを相手に表現することができれば、今とは違った世界が見えるような気がします。

当たり前の事だけど、同じ行動でも人によって受け取り方は異なります。どのように解釈するかは相手にかかっています。相手の反応を、わたしたちはコントロールができません。相手の反応をコントロールできないならば、相手の反応を考えて遠慮するより、どう感じるかは相手次第と開き直って自分らしく行動していく方がいいのではないでしょうか。その方が生き生きしていて、魅力的に見えると思うのです。

もっと自分を表現してもいいんだと思った一日でした。

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